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羨望

なぜ他を羨むのか 自分よりも秀でたものを持っているからか 才能がある より良い家 車 より良い外見 ルックス より良い伴侶 環境 羨む対象と変われたとしても依然として自分は存在する 平凡な自分 同じ繰り返しの毎日 人に気を使い ストレスにさらされ 不満だらけ または自己中心的で愚鈍で視野の狭い自分 羨望と妬みの感情は少し似ているというより羨望の中には一瞬でも妬みの感情は入るものだ 妬みは醜く卑しい感情なので 羨望は人間の醜い性質とも言える 羨む対象があり近ずこうと努力する 誰でも理想は持っている 環境や置かれている立場によっても変わってくる 目的や希望はある程度必要かもしれないが 羨む気持ちというものは必要ない 自分や自分が置かれている現状や過去それらを踏まえ想定される自分の未来に満足できないから他を羨むのか    

醜さとは

醜さに貧富の差はない 姿が多少人と違うことでもない 口の締まりがないゴシップ卑しい噂話 告げ口をする行為 誹謗中傷 人を蔑む 妬む 貶める行為 馬鹿にする態度 現代でいえばネットに悪口を書き込むなど 人間そのものではなく人間の恥ずべき行為  醜さと卑しさは人間だけが併せ持つ性質 醜 卑と 悪とは意味合いが違う 悪とは暴力 攻撃 残酷 悪の行いは獣の習性に近い 悪には理性がない 醜さには人間の意識が多少なりともある  差別 迫害 など突き詰めればこれというはっきりとした理由は結局のところ存在しない 根拠のない怒りや嫉みなど様々な憎悪が伝染病のように拡がる 詰まる所 醜さと卑しさは人間だけが併せ持つ性質なのだ   

       

 展望 

それに向かって進む それは確実に或る そしてその時が来たら木目細工のようにしっくりと合わさる それが成るのだ 体中のエネルギーを溢れさせ 常に手繰り寄せている 頭の中を無垢にして求め続けている それは 彼方にあるが突然に舞い降りる 必ずつかみ取る時が来る運命なのだ ただ ただ 進んでいればよい 彼方を目指して 途中で霧と一緒に消えてしまうかもしれないが 足元から底なしの絶望に吸い込まれるかもしれないが 遠くから天使に呼び止められ心動かされるかもしれないが ただ 彼方を目指すのだ その時が来たら それは 現れるだろう 圧倒的な存在力を示して 驚くべき包容力をもって そして開かれる 無限に開かれそれは何時でも受け入れている       

新生

今はじっと待とう 嵐が過ぎるのを 穏やかさも 平安も 安らぎも 竜巻のような突風に追い払われてしまった 体の中をめくるめく疾風が駆け巡り築き上げてきた理性ががちりじりになってしまいそうだ 忍耐の網に掬い取られ暖かな塊が一筋の線につながってゆく じわりじわりと周りの残像をからめとり 気つ”かれない様に しかし着実につながってゆく その流れは規則正しくなければならない その流れは止まっても濁流になってもいけない そしていつか それは突然に静謐をもたらす あらゆる雑念は消え去り 何かが生まれる 生まれるという表現は正しくない 日々の忙しさ責任重荷贅沢快楽奉仕つつましさ祈り他限りない感情 現象の虜になってはいけない それらを的確にこなしても虜にはならないことだ それらが正しくとも間違っていようとも万能だろうと究極だろうと その中 に 入り込んではいけない 泉の神聖さの中から沸々と沸き立つような感情 何かが変わる これまでと一緒ではありえない 

 今をやり過ごす

今をやり過ごそう 目的のために 今をやり過ごそう 気持ちがぶれてはいけない 今をやり過ごそう 目的だけを見据えるのだ その場の感情に流されてはいけない 今をやり過ごそう 自分次第なのだ 今をやり過ごそう 求めるものは一つそれを間違えてはいけない 今をやり過ごそう 常に気を強く持たねばならない 今をやり過ごそう 柔軟に淡々と的確にしかし明確な意思を秘めていなければならない 今をやり過ごそう 外と内側とは正反対なのだ 今をやり過ごそう 激情に飲み込まれてはいけない 今をやり過ごそう 憐憫にとらわれないように 幻想に浸らないように 今をやり過ごそう 甘い望みは己の崩壊を呼ぶ 今をやり過ごそう 独り立ちひたすらとどまるのだ 凡庸な感情に惑わされてはならない 今をやり過ごそう 展望を定めるのだ  今はひたすらよりどころなく過ごそう 今をやり過ごそう 地に足のつかぬまま 今は自分を満足させてはいけない 今をやり過ごそう 悶々とした気分をそのまま自由にさせて はっきりすることが正しいわけではない            

死とは 

世界中人種、貧富の差、考え方、信じるものなど、様々な違いはあるが  死 は

自分の死 愛する者の死 には 一部の例外はあるかもしれないが 全ての人間が歴史的にも おそらくは未来永劫 悲しみ恐れおののくだろう 失う という事はつらく悲しいと人間には本能的に備わっているのか   宗教や、自殺、殺人は、問題外にして

死 は本当につらく悲しくひどいことなのだろうか  死とは  この世界でただ一つの確かなことである。生 よりも確かで、間違いがなく 絶対的に噓ではない。真実なので信じる必要もないのだ。死の世界とは、思考が考えうるものとは全くの別物、想像もつかない創造の世界なのである。誰も踏み込んだことのない世界、世でも、界でもない空間でもない、そういうものではないのだ。

悲しみの谷

この世界は悲しみの谷ではない。すべて思い通りになるのだ。奇跡、神、悪魔などよりも、将に地球、生物、人類こそが、神秘なのだ。これまでに言い伝えられている、様々な国の宗教的な、または反宗教的な伝聞、記録、考え等すべて人間の思考なのである。この世には、人智の及ばぬ事は多々ある。この世界は悲しみの谷ではなく、未知の希望であふれている。昔は小説や映画の物語に過ぎなかったロボットが現実に、製造され、数百年前は、人類の平均寿命30歳くらいだったのが将来200歳になり、ロボットも、人格を持ち、人類の進化で空を飛ぶ人間が、新人類が誕生するのも夢ものがたり 

ではないかもしれない。